「死」について考える
志村季世恵さんのセミナーに参加しました。
バースセラピストという仕事があるのを、
初めて知りました。
「死」について、考えることは、あまりありませんが、
とっても、大切なことですよね。
青空を見て、「ああ、いい天気だなぁー」
夕焼けを見て、「ああ、美しいなぁー」と、
感動する時間を一生の間にどれくらい持てるかが、
本当の生きている時なのかもしれませんね。
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寺下 和也 さま
「私には夢がある」の和田清華です。
今日は、志村季世恵さんのセミナーにお越しいただき、
本当にありがとうございました。以下のページに写真アップしました。
http://www.yumearu.com/culture040130.htm
「死」についてって、あまり考えないかもしれませんね、普段。
それだけ、今生かされているということに対して、意識が薄れてしまい、
時間をただ突っ走るように、何かと競争して生きてしまっている自分が
いるのかもしれないなあと、ふと感じることがあります。
今日、帰り道、星を見ましたか?
頬に刺さる寒さに冬を感じましたか?
「死ぬのがこわいんじゃなくて、死ぬってわかったときに、
今まで自分が何をしてきたのだろうと思うことが恐い」と
死を目の前にした患者さんはみなさん口をそろえていうと
志村さんもおっしゃっていたのが、印象的でした。
あなた自身はどう感じたでしょうか。
みなさまからの感想は、「夢ある」のスタッフにとって、
一番の元気の素、原動力になります。今日発見したこと、気付いたこと、
感想など、何でもお気軽にお聞かせいただけたら、とてもうれしく思います。
いただいたメールは、HPの参加者の声として
(名前はイニシャル)で紹介させていただく予定です。
今日はお越しいただき、本当にありがとうございました。
「夢ある」はこれからも、「一歩を踏み出すきっかけ」となるような振動を、
セミナー等を通して、発信していきたいと思っています。
またお会いできる日を楽しみにしています。
【志村季世恵(しむらきよえ)氏 Profile】
1962年生まれ。4児の母。人の誕生から臨終までを見守るバースセラピスト。「こども環境会議」代表。東京・自由が丘「癒しの森」で心にトラブルを抱える人向けに治療を担当。年に数回自己受容のワークショップをしたり、子育て中の親や自閉症やイジメに悩む子どもを対象としセミナーを開催。講演など多数。またターミナルケアにも関わり、人間の誕生から臨終まで見つめたセラピーに携わる。著書に、『いのちのバトン』(岩崎書店)。共著に、俳優の本木雅弘さんの奥様(内田也哉子さん)との対談本『親と子が育てられるとき』(岩波書店)、『自分という自然に出会う』(講談社)などがある。
※癒しの森 http://iyashi.on.arena.ne.jp/
【内容】
●出来事を受け入れる心の持ち方。
●誰もが「幸せスイッチ」を持っている。
●心と心が通い合う、コミュニケーションのとり方。
●「死」と向き合うことで、深く感じた「生」。
●「誕生」や「子育て」から感じた「生」。
●人間の底力を感じる瞬間。
●一番大切なもの。
【インタビュー記事&著書からの抜粋】
■いのちの誕生と死。どちらも両極端なところに存在しているのに、どこかつながりがあることを感じています。死は終わりではない。死んだあと、私たち残された人の心に宿るあの「いのちのバトン」をどう説明したらいいのでしょう。
■時が満ちると、患者さんは自らの現状を受け入れ、周りの状況も見えるようになる。そして問題解決に向けて歩き始める。そのようなとき、何かが生まれる。
■奇跡は、自分や他者を深く受け入れたときに起こる。また、心が孤独な時は起きない。
(※上記は、著書『いのちのバトン』より抜粋)
■悩んでいる人の心の中はまるで、整理されていないタンスの引き出しみたいになっているから、それを少しずつ整理することが大事なんです。私のすることは、私自身も焦らず信じて、その整理を手伝うことかな。いずれにしても、人間が変わるには、ある程度の助走期間が必要なんです。そしてちょっとしたきっかけさえあれば、人はいろんなトラブルから抜け出せるんだと思います。スイッチさえ入れ替えれば、人間はいいところにいくことができるんだよ。
■何か意見を言う時に、苦情や文句とアドバイスを混ぜて言うと、たいていうまくいかない。アドバイスした側も、せっかくよいことを伝えたのにって思ってムッとする。すると目的から外れてしまう。言葉だけではなく、考える時も同じ。何か出来事があったとき、その現実と予想や不安を混ぜて考えてしまうから混乱する。だから、整理整頓が必要。
(※上記は、著書『親と子が育てられる時』より抜粋)
■自分で決める幸せだから、わたしの価値観で判断するものじゃないんですよね。どんな考え方があったっていいと思う。その人なりの答えがあって。わたしは心のどこかで、人って絶対に幸せになる、というのが確立されているのだと思う。死を宣告された病気にかかったから不幸、というわけではないんですよね。たしかに、悲しくてつらいことなんだけど、不幸とは違うような気がするんです。じゃあ、不幸なときってどんなときかというと、自分が不幸だと思っているときなんです。ただ、その渦中ではいろいろとあるから、人が亡くなったら、食事ものどを通らなくなる。
でもそれに対して、嫌だと思わないようにしようとしているんです。自分の肉親が、もしがんになったり、病気になったりしたとしたら、ストレスがたまるわけではないでしょ? 「どうしよう」という不安感はあっても、第三者から受けるストレスではないと思うんですよね。ストレスって家族からはあまり受けないものなんですよね。人の心のケアをする時っていうのは、「あなたが一番幸せだと思うことに対して、そうなるようにお手伝いします」と言うんです。そうすると、みんなそうなるように努力するんです。それで「やっぱり人間ってすごいな」と学ぶ。その「人間ってすごいんだ」ということがわかっていれば、苦しくならないんです。
(※上記は、イーウーマンインタビューより一部抜粋→続きを読む )
【主催者からのメッセージ】
■「私には夢がある」の和田清華です。志村さんはバースセラピストという肩書きをもっていますが、マタニティや育児中のお母さんの相談にのる一方で、末期のガン患者など、死に向かう人たちへの心のケアもしてきた人です。生まれてくる人と死に向かう人、まったく反対に位置する人たちのように見えますが、志村さんのあたたかいまなざしは、人生のはじめと終わりにいる人たちの心を支えています。著書の『いのちのバトン』では、志村さんが関わった患者さん達とのエピソードが綴られています。
本の中に、このような一文があります。「時が満ちると、患者さんは自らの現状を受け入れ、周りの状況も見えるようになる。そして問題解決に向けて歩き始める。そのようなとき、何かが生まれる」と。何かを受け入れると、新しく何かが生まれてくる。まさに「生」と「死」も、そのような繰り返しだなあと感じます。生きるということと死ぬということが、つながっているのだと。本当に両極端なことなのに、うまく言葉ではいえないですが、大きな視点でみると1つの流れになっている。いのちは、バトンのように、何かを載せて橋渡ししているような気がします。
志村さんの温かい目線とサポートによって、生きる勇気がわいた患者さんがたくさんいます。志村さんの体験から来るお話をぜひ聞いてみてください。「いのち」に対して、考えてみてください。いま、この瞬間を精一杯生きてほしい。「死」や「誕生」について考えることは、生きていることに対する集中力が増すと思うのです。また、今に対する感謝や、小さなことでクヨクヨなやんでいる自分がかわいく思えたりすると思うのです。人間って強いんだな〜と改めて強く感じると思います。心の奥深くに染み入るような感動を体験したい方、お待ちしています。あなたの「いのち」をどう生かすかを、考えるキッカケになると思いますから。難しい話はまったくないと思います。元気を出したい方、気軽にご参加ください。(和田清華)
【「いのち」について、私が最近考えること】
再び、「私には夢がある」の和田清華です。最近、子供ができました。04年3月21日予定日です。そんな環境のいま、痛烈に感じること。それは、「いのち」というものの、奥深さ。「生」と「死」について、少し考えてみました。以下、その一部をご紹介します。
科学者、フリーマン・ダイソンは、映画の中で以下のように語った。「この地球上にはじめての生命が誕生した頃、「死」はまだ存在しなかった。細胞は分裂こそすれ、寿命が尽きて死ぬことはなかった。生命がより複雑になってゆくためには、いくつかの要素が必要だった。その1番目が「死」。それこそが、未来が過去と違ったものになることを可能にしたのだ」
また、遺伝子研究で有名な科学者の村上和雄さんは本に以下のように記した。「遺伝子には細胞死のプログラムも備わっています。遺伝子は細胞の誕生、生産だけでなく、その死までプログラムしていると考えると、生と死は対立概念ではなく、片方があってはじめてもう片方も成り立つ相補関係、つまりペアになっているということがわかってくるでしょう」
インディアンの世界では、こう言われている。「人の正しい死に方は、生まれる時と逆にならなければならない。生まれる時は、人は泣きながら生まれてくる。しかし、死ぬ時には本人が大笑いして、周囲がその人と別れることが『嫌だー』と泣いてくれるのが最高の死に方」だと。
『いのちのバトン』(志村季世恵著)では、死を目前にした患者さんがこう語ったと記されている。「生まれるときは頭を下にして地球に落ちるようにして生まれてきた。いま死ぬ間際になり、頭を天井に向けてこの世から抜け出すように回っている」
生きるということと死ぬということが、つながっているのだと感じた。志村季世恵さんが、私が言いたかったことを、本の中に書いてくれた。「いのちの誕生と死。どちらも両極端なところに存在しているのに、どこかつながりがあることを感じています。死は終わりではない。
死んだあと、私たち残された人の心に宿るあの「いのちのバトン」をどう説明したらいいのでしょう」と。生と死は、本当に両極端なことなのに、うまく言葉ではいえないけれど、大きな視点でみると1つの流れになって、バトンのように何かを橋渡ししているような気がするのだ。
「いのち」について考えてみると、いま、ここに生かされていることの壮大さ、ありがたさをまざまざと見せ付けられる。生命の不思議とはよく言うけれど、イチバンわからないのが、「いのち」についてなんじゃないだろうか。どんな科学者も、一番単純な細胞である大腸菌1つすら作れない。そんな細胞60兆個からなる自分の体を、いまどう使って、どう生きればよいのか、自分の「いのち」をどう生かすのがよいのか。そんなことを最近はよく考える。
【以前、志村季世恵さんの講演を聞いたことがある方からのメール】
いつもありがとうございます。新着情報を見てびっくりしました。志村季世恵先生は、以前勤めていた会社の関係で、講師をお願いしたことがあるのです。「いのちのバトン」は、とーっても素敵な本で、どのページから読んでも涙があふれて止まりません。私は通勤電車で読んで、怪しい人になりました。以前の会社でやって頂いたのは、200名の参加者をいっぺんにセラピーするといった驚きの企画で、いったいどうやるんだろう? という心配をよそに、セミナー後、ほぼ全員が涙を流して浄化されたのでした。まさか「夢ある」と先生がご縁で結ばれているとは・・・あんまり嬉しかったので、ついメールしてしまいました。「夢ある」でのセミナーも、きっと素晴らしいものになりますね! 私は参加できるかまだ分からないのですが、とにかく楽しみです。ありがとうございます。(M.H)
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有限会社 私には夢がある
代表取締役 和田清華
watashi@yumearu.com
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